2026年7月28日
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1. 半導体を軸に動き出す日越協力
ベトナムの産業発展を考えるとき、工場、道路、港湾、電力といったインフラ整備に目が向きやすい。だが、今後の成長を左右する最大の制約は、設備ではなく、それを使いこなす人材になる可能性が高い。ベトナム政府は近年、高度人材の育成を産業政策の中心に据え始めた。特に重点を置いているのが、半導体、科学技術、デジタルトランスフォーメーションである。単に大学卒業者を増やすのではなく、研究、設計、生産、経営、技術移転までを担える人材を国家戦略として育てようとしている。日本との協力も、この流れに沿って変わりつつある。従来のインフラ建設や技術指導に加え、大学教育、共同研究、研究者交流、産学連携を一体化した人材育成へと軸足が移っている。
2. 「安い労働力」からの転換
ベトナムは長年、若く豊富な労働力を強みに製造業の誘致を進めてきた。しかし、組み立てや加工を中心とする産業構造だけでは、付加価値の上昇には限界がある。今後、半導体やAI、デジタル産業を育成するには、単純な労働力ではなく、高度な専門知識を持つ技術者や研究者が必要になる。製造現場だけでなく、設計、研究開発、品質管理、サプライチェーン管理を担う人材も欠かせない。 こうした問題意識は、ベトナム政府の政策文書にも明確に表れている。「2021~2030年社会経済発展戦略」では、人材育成を単なる技能教育として捉えず、専門知識に加えて健康、倫理観、責任感、マネジメント能力までを含む包括的な課題と位置付けている。重点人材として挙げられているのは、技術人材、デジタル人材、経営・管理人材、社会サービス分野の専門人材である。2024年に示された科学技術・イノベーション・国家デジタルトランスフォーメーションに関する政策でも、高度人材の育成と活用が戦略課題に位置付けられ、科学技術・イノベーション分野の人材を人口1万人当たり12人まで増やす目標が掲げられている 。 [1]. (2024[2].
3. 半導体人材5万人という国家目標
なかでも象徴的なのが、半導体産業である。ベトナム政府は2024年、2030年までの半導体産業人材育成プログラムを承認し、半導体人材の育成を、高度人材育成における「ブレークスルーの中のブレークスルー」と位置付けた。目標は、2030年までに少なくとも5万人の大学レベルの専門人材を育成することだ。対象は設計だけではなく、パッケージング、検査、製造まで、半導体のバリューチェーン全体に及ぶ。この目標は意欲的である。半導体産業は、工場を建設すればすぐに立ち上がる産業ではない。設備投資に加え、長期間の教育、研究蓄積、企業内訓練が必要になるからだ。重要なのは、ベトナムが半導体工場の誘致だけでなく、大学や研究機関を含めた人材基盤の構築に踏み込み始めた点にある。[3].
4. 日本の協力も「人づくり」へ
日本側も、高度人材育成を日越協力の主要分野として位置付けている。2026年6月のベトナム側首相と田中明彦JICA理事長との会談では、今後のODA協力の重点として、高度人材の育成、産業・サプライチェーンの発展、制度・政策の整備、インフラ開発の4分野が示された。人材育成がインフラと並ぶ協力の柱に置かれている点は注目に値する。科学技術分野では、半導体人材に加え、デジタルトランスフォーメーションを担うリーダーの育成や、AI・デジタル化に関連する財政支援も協力候補として挙げられている。[4]
2026年4月には、伊藤直樹駐ベトナム日本国大使が、半導体産業に関連するベトナム人博士課程学生約250人の育成を支援する方針を表明した。博士人材の育成は即効性のある施策ではなく、成果が表れるまでには時間がかかる。一方で、研究開発や大学教育を国内に定着させるには、こうした高度人材の層を厚くする必要がある。[5].
レ・ミン・フン首相とJICAの田中明彦理事長と会談、2026年6月11日

出典: baochinhphu.vn
5. 共同研究を通じて人材を育てる
日越協力の新しい形を示すのが、科学技術振興機構がASEANを対象に実施するNEXUSプログラムである。2024年から2029年までの地域科学技術協力として設けられ、研究プロジェクトだけでなく、大学間連携、研究者交流、若手人材の育成を組み合わせている。ASEAN各国には異なる重点分野が割り当てられているが、ベトナムは域内で唯一、半導体全体を重点分野としている。[6][7][8]
2026年5月には、ベトナム科学技術省が5件の共同研究プロジェクトを承認した。対象は、3次元集積回路、高移動度トランジスタ材料、環境センサー、パワーエレクトロニクス、AI処理向けSoCチップである。各案件では、ハノイ国家教育大学と広島大学、ベトナム国家大学ハノイ校・自然科学大学と奈良先端科学技術大学院大学、ハノイ工科大学と東京大学、フェニカ大学と立命館大学など、両国の大学が共同研究を行う。追加プロジェクトや、ベトナム人若手博士研究者60人の日本での共同研究も計画されている。人材育成を講義だけで完結させず、実際の研究課題に参加し、日本の研究者と共同作業を行う過程そのものを育成の場とする点に、この仕組みの特徴がある。
6. 大学が担う長期的な協力基盤
日越人材協力の中核機関として期待されているのが、日越大学である。同大学は2014年の設立以来、JICAの技術協力を継続的に受けてきた。累計支援額は約100億円に達し、2026年から2031年までの新たな協力段階も準備されている。今後の重点は、大学運営の支援から、研究能力の強化や産業界との連携へと移る見通しである。日越大学は半導体チップ工学の学士課程を設け、ベトナム政府の半導体人材戦略にも対応している。日本の主要7大学がカリキュラム設計に関与し、2025年には国際的な大学認証も取得した。設立初期の試行段階から、より本格的な高等教育機関へ移行しつつある。[9][10][11]. 学術面では、その関与は深く、日本の主要大学7校がVJUのカリキュラム設計に直接参加している。[12]. VJUは、国際品質認証(iJAS、日本大学認証協会より2025年5月に取得)も取得しており、これは試験的プロジェクト段階を超えて成熟した機関であることを示している。[13].
一方で、長期的な運営を支える政府間合意には、なお調整中の事項が残る。ホアラックの新キャンパスについても、ODAによる建設計画が進められている。日越大学が本当に重要な役割を果たすためには、大学を設置するだけでは不十分である。優秀な教員と研究者を確保し、企業との共同研究や就職先につなげられるかが問われる。
高度人材育成は、半導体のような先端産業だけに限られない。メコンデルタのカントー大学では、日本との協力が約30年にわたり続いている。農学部の設立支援、キャンパス整備、技術協力を通じて、教育、研究、技術移転、地域連携を組み合わせたモデルが形成されてきた。現在は、東京大学、北海道大学、九州大学、東京農工大学など日本の8大学が参加し、コメ生産、水産養殖、食品安全、海岸侵食、地域データシステムなどの共同研究を進めている。これらは学術論文の作成だけを目的とするものではなく、地方政府や産業界と連携し、メコンデルタが抱える実際の課題への対応を目指す。高度人材とは、必ずしも半導体技術者だけを意味しない。農業、環境、食品、水産、地域政策など、社会課題を科学的に解決できる人材もまた、ベトナムの成長には不可欠である。[14].
7. 大学と企業をつなげられるか
日越の高度人材協力は、教育、研究、技術協力、産業政策を結びつける段階に入りつつある。これまでの協力は、大学設立、施設整備、カリキュラム開発、専門家派遣などが中心だった。今後は、それらを企業の研究開発や採用、事業化につなげられるかが焦点になる。 半導体人材を育成しても、国内に魅力的な研究環境や雇用がなければ、優秀な人材は海外に流出する可能性がある。大学で学んだ知識が企業の現場で生かされなければ、人材育成は産業高度化に直結しない。反対に、企業側が研究テーマやインターンシップ、共同開発の機会を提供すれば、大学教育の実践性は高まり、企業も必要な人材を早い段階から育成できる。その意味で、今後の日越協力では、政府と大学だけでなく、民間企業の関与が一段と重要になる。[15]
8. 人材育成は時間のかかる投資
工場や道路は完成時期が見えやすく、成果も数字で示しやすい。これに対し、人材育成の成果は見えにくい。博士人材の育成には数年を要し、大学の研究力が高まり、産業競争力に結びつくまでにはさらに長い時間がかかる。短期間で成果を求めれば、表面的な研修や人数目標だけが先行する危険もある。それでも、ベトナムが中所得国の段階を超え、より高付加価値な産業構造へ移行するためには、人材への長期投資を避けて通れない。
日本にとっても、ベトナムの高度人材育成を支援する意義は小さくない。日本企業がベトナムで研究開発や高度な生産活動を拡大するには、現地の技術者や管理者の能力向上が必要になる。日越協力が単なる人材供給や留学生受け入れにとどまらず、大学、研究機関、企業を結ぶ長期的な仕組みに発展するか。ベトナムの産業競争力だけでなく、今後の日越経済関係の深さも、その成否に左右されることになる。
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[1] 政治局決議第71-NQ/TW号「教育訓練開発における画期的な進展について」アクセス>
[2]科学技術革新および国家デジタル変革開発におけるブレークスルーに関する決議第57-NQ/TW号アクセス>
[3] 半導体産業における人材育成プログラム(2030年まで、2050年までのビジョンを含む)を承認する決定第1017/QĐ-TTg号アクセス>
[4] ベトナムプラス。首相は、新世代ODAを通じてベトナムの工業化を支援するようJICAに要請した。アクセス>
[5] Nhan Dan Online。4つの主要な柱にわたるベトナム・日本協力の促進。アクセス>
[6] VnExpress。ベトナムと日本が半導体分野の共同研究プロジェクト5件を開始アクセス>
[7] 科学技術省がベトナム・日本共同半導体研究プロジェクト5件を発表アクセス>
[8] VietnamPlus:ベトナムと日本、科学技術・半導体分野における協力を推進アクセス>
[9] ベトナム国家大学(VNU)。JICA理事長田中明彦氏:日本の主要大学7校がベトナム日本大学の学術プログラム開発に直接貢献アクセス>
[10] Tuyensinh247. 入学制度 – ベトナム日本大学 (VJU)アクセス>
[11] ベトナム国家大学(VNU)。ベトナム・日本政府間協定の最終化を推進し、ベトナム日本大学(VJU)の発展に力強い勢いを生み出す。アクセス>
[12] ベトナム国家大学(VNU)。JICA理事長田中明彦氏:日本の主要大学7校がベトナム日本大学の学術プログラム開発に直接貢献アクセス>
[13] ベトナム日本大学(VJU)。VJU入学案内文書アクセス>
[14] Giao duc & Thoi dai. ベトナム-日本、ベトナム開発に関する政府間協定の推進 日本大学アクセス>
[15] 国際協力機構(JICA)メコンデルタにおける持続可能な開発の科学的統合管理強化プロジェクト(SDMD2045)アクセス>

